2003年のWikipedia

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2003年のWikipediaでは、2003年のウィキペディア日本語版の動向を紹介する。

1月[編集]

井戸端開設 (1/31)
井戸端開設。初の投稿者はTomosであり、その内容は特別ページについてのものだった[1]

2月[編集]

スラッシュドット効果 (2/12)
スラッシュドットジャパンにてウィキペディア日本語版が紹介される。いわゆるスラッシュドット効果(現在で言う「バズる」に相当)。これを機に参加者が急増していくこととなる。

3月[編集]

管理者制度開始 (3/17)
Wikipedia:井戸端会議ログ6での議論を受けて、5人の初代管理者が誕生[2]。正確にはそれ以前にも数名の管理者が存在したが、彼等はほぼシステム整備のみに止まっため、事実上は彼等が初代という認識で良いと思われる。5人の利用者名はそれぞれはG(現・G~jawiki)、Gombe、Yoshitaka Mieda、Suisui、そしてTomos。この後もT. Nakamuraや0null0、Michey.Mなど、徐々に管理者が増えていった。

11月[編集]

ブロック初実施 (11/12)
9月19日、Koneが鉄道分野での問題投稿を理由にIPユーザーの投稿ブロックを依頼。しかし当時はルールの検討が始まったばかりであり、投稿ブロックの例もなかったため、そこから泥縄式にルールが固まっていった。2ヶ月近く議論が続いた間も件のユーザーの行動は改善されず、11月12日にTomosの手で24時間のブロックが実施された。

脚注[編集]

  1. ^ なお、投稿者のTomosは「どうやらSpecial: は日本語版では 特別: という風にするようですが、Wikipedia: で始まるものも ウィキペディア: にする方がいいのかな、とも思います。」とコメントしているが、結局これが行われることはなかった。後のメディアウィキアップデートでカタカナ表記に変更されたテンプレート名前空間もTemplate表記へと戻すことがコミュニティによって決定されている。これからもウィキペディア名前空間を目にすることはないのであろう。
  2. ^ ただしTomosがインタビューを受けたときには「6月頃」のことと話している。山本まさき、古田雄介 『ウィキペディアで何が起こっているのか 変わり始めるソーシャルメディア信仰』 p. 117、オーム社、2008年。