Nekosuki600

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Nelumno nucifera open flower - botanic garden adelaide2.jpg
この項目は2018年2月26日 (月) に七回忌を迎えた故人について扱っています。謹んで哀悼の意を表します。
Nekosuki600ねこすき600
さあ‥ 逝こうか‥‥
さあ‥ 逝こうか‥‥
副アカウント 猫が好き♪~jawiki会話 / 投稿記録
本名 茂木紀行[1]
愛称・別称 猫が好き♪
性別 男性
生年月日 1959年
在住 日本 日本
トリップ ◆1GNekodnQQ
活動期間 2005年5月25日 - 2012年2月8日
主な活動分野 鉄道、方針文書、削除依頼、投稿ブロック依頼など
受賞歴
月間感謝賞(2006年6月2008年12月
ブロック歴
  • 1日(、Three-revert rule違反)
  • 1日(、WP:RFUの審議正常化・クールダウンのため。)
  • 1日(、他者発言の除去)
  • 1週間(、目的外利用)
  • 3日(、暴言・嫌がらせ) - 1時間23分で解除(即時ブロックに相当する暴言とは判断できないため)

Nekosuki600(ねこすき600、1959年 - 2012年2月26日)は、Wikipedia日本語版の利用者。別名「猫が好き♪」。本名は茂木紀行。かのニフティサーブに存在したフォーラムの1つ「自然環境フォーラム(FENV)」のSYSOP(シスオペ)として名を知られた存在であった[2]。JCA-NET常任理事で「prweb〜市民セクター情報広報支援」の主宰者。故人。

人物・生涯[編集]

2005年5月よりアカウントでの活動を開始。直後の7月に志摩ペディア問題が発覚し、Miketukunibitoに直接喧嘩をふっかける千葉県民やMlolM、PPPらと少し異なるスタンスで丁寧に調べ上げてMiketukunibitoに対抗したことで高い評価を得て、急速に発言力を強めていった。2011年頃まではjawpで(執筆以外では)最も活発に活動していたウィキペディアンの一人であり、往年は彼を知らないウィキペディアンはいなかったであろう。基本的に態度は横暴で、他者の発言を勝手に消すわ、お前は書くんじゃないとwikiメールで他者を恫喝するわ、他の利用者への苦言を説教などと表現するわとやりたい放題と言った御仁であり、左巻き特有の2chなどでの影響力の行使なども相まって年々横暴さは酷くなっていった。また口調は2chかのようなタメ口口調で、彼の喋り方はしばしば「芸風」などと呼ばれることも多かった。しかし、腐っても有名フォーラムを取り仕切りNGO常任理事だっただけあって、他の利用者の影にうまく隠れて作業を粛々と進め、方針理解度も高く議事進行なども割と丁寧だったためか、リアルで亡くなるまで長期のブロックは0。このような態度はNekosuki600だからこそ実力により擁護者が多く、許されただけである。力の無い利用者が憧れて発言をマネしたりするなど悪影響も与えたが、そういう利用者は滑稽なだけで心証を悪くするだけであった[3]

利用者ページに「四六時中怒ってるやつ…」的な批判文が残っているのはジョークで言っていたのか?スレにも酉付きで頻繁に出没というより常駐しており、「俺のアンチはバカばっか」と、自らこそが正義であると公言して憚らなかった。その一方で年少利用者への対応も積極的に行っており、Wikipedia:児童・生徒の方々への作成を行ったり、年少利用者の投稿ブロック依頼で年齢に応じ無期限のかわりに5〜10年位の有期ブロックを主張したりしていた。

また、上記の方針の悪用などを含む独裁的な権限行使を繰り返していたLoniceraに対して強い不快感を示しており、彼の解任を主導したのはNekosuki600にとって最大の功績とも言えるであろう。基本的に手続きをしっかりとることを重視するタイプの利用者であり、それが行われていないときに苦言を呈すことが多かった。

自身も方針整備を本文と自認しており、Wikipedia:児童・生徒の方々へ以外にもWikipedia:百科事典向け写真撮影のガイドの拡充、Wikipedia:自著作物の持ち込みの起草などを行っている。

晩年・53歳で死去[編集]

食道癌のCT画像の例

2011年3月、親友のHatukanezumiから「ウィキホリックではないか」と執拗に指摘され続けたのを機にウィキブレイク。そのウィキブレイク中の2011年8月に食道癌が見つかり、腫瘍に喧嘩の矛先を向けて闘病中であったが、翌年2月にブログで緊急入院の報告があったのを最後に2012年2月26日、53歳で永眠。生前は数知れぬ闘争を繰り広げてきた彼は、人生の最期に癌と言う最大の闘争で命数を使い果たし、生涯の幕を閉じて永遠の眠りに就いた。会話ページには数名の利用者達から哀悼の意を表された(と同時に善良な利用者達は一時の安堵に浸った。しかし実情は、問題利用者がたった1人減っただけに過ぎなかったのである。)(それから、彼との抗争に敗れた利用者達の一部は大喜びしたとかしないとか。)。

大暴れしていた割にブロック歴は4回(誤認ブロックや他の管理者からの異議で撤回されたブロックを除いた数)と意外にもそこまで多くはないが、何故か2008年に集中している。なお、初期ニフティのチャット仲間であったLondonbashiのブログによれば、「バイク事故で身障者手帳持ち」であったという。Nekosuki600本人のブログでも亡くなる直前に「モルヒネを使ってみた。」と題して痛みに関する回想の中で、「右足下腿の粉砕骨折ってのは、対抗右折車につっこまれたバイク事故で、相手の車のバンパーの厚さ分だけ骨があとかたもなくばらばらになっていたというやつで。」と書いている。しかし癌の痛みは「気を失える」と比較にならないことを漏らしていた。

もし現在も生きていたなら暴言などに緩かった昔とは違い、確実に無期限ブロックを受けていたであろうと言われる。一方、Nekosuki600を無期風呂に沈める事を望んでいたHmanなど一部の利用者は、彼に相応しい死に様をくれてやる(=無期風呂に叩き込む)と息巻いていたのとは裏腹に、それも果たせずにリアルで死に逃げされてしまったのは竜頭蛇尾もいい所…もといjawpの良識の敗北であると嘆いていたらしい。

だが、屈辱を噛み締めた善良なるウィキペディアン達の苦しみは、彼の死から4年と10ヶ月が経った2016年12月、彼の死と同時に暴力利用者の称号を欲しいままにしたikedat76に対する無期限ブロックの執行と言う形で報われることとなった。初めて正義の良識が悪しき伝統に勝利した瞬間だった。Nekosuki600らが残した悪しき伝統は、着実に消え去ろうとしている。

一つの時代が終わり、新たな時代が幕を開ける様子を、Nekosuki600は向こうの世界でどのように見てるのであろうか・・・

注釈・出典[編集]

  1. ^ http://d.hatena.ne.jp/Jota_Shimazaki/20111203/p1
  2. ^ こんなスレで訃報が報じられ、レスが付くウィキペディアンはそうはいないだろう。
  3. ^ 後にタメ口口調での自警活動を実践した利用者には、タノやぐむぐむ、草食系マッチョなどがいる