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2014年11月末に提出された解任動議は、18対22の結果となり、管理者の役職には踏み止まったが、コミュニティの4割以上は不信任を表明していた。2015年の動議では、信任率は8割まで回復した。
 
2014年11月末に提出された解任動議は、18対22の結果となり、管理者の役職には踏み止まったが、コミュニティの4割以上は不信任を表明していた。2015年の動議では、信任率は8割まで回復した。
  
しかし、根本的に信頼が回復されたわけではなかった。2016年に入り、4月と5月に立て続けにコメント依頼が提出された。その後の{{w|Wikipedia:管理者解任の投票/山田晴通 20160529|解任動議}}では、賛成23・反対24(賛成率48.9%)という、僅差で信任が決まった。山田は以前、解任動議で過半数に達さなくとも、まとまった解任賛成票があれば管理者を辞任するのは「当然」[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%99%B4%E9%80%9A/%E9%81%8E%E5%8E%BB%E3%83%AD%E3%82%B004#.E5.8D.B3.E6.99.82.E5.89.8A.E9.99.A4.E3.81.95.E3.82.8C.E3.81.9F.E8.A8.98.E4.BA.8B.E3.82.92.E5.BE.A9.E5.B8.B0.E3.81.97.E3.81.BE.E3.81.97.E3.81.9F との意向を示していたが]、この時管理者を辞任することはなかった。理論上では仮に25対25の同数でも留任となるわけであるが、山田はこの激レアケースのみを想定していたのだろうか、辞任するんじゃなかったのか、との[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%99%B4%E9%80%9A/%E9%81%8E%E5%8E%BB%E3%83%AD%E3%82%B007#.E3.80.8C.E4.B8.80.E5.AE.9A.E6.95.B0.E3.81.AE.E3.81.BE.E3.81.A8.E3.81.BE.E3.81.A3.E3.81.9F.E8.A7.A3.E4.BB.BB.E7.A5.A8.E3.80.8D.E3.81.AB.E3.81.A4.E3.81.84.E3.81.A6.E3.81.AE.E3.81.8A.E4.BC.BA.E3.81.84 問いかけ]にも、「先例を超える水準の解任票、先例を下回る票差」云々とはぐらかすだけであった。1票差、信任率49%での自発的辞任がなければ、この先はほぼ、50%を超過しての強制退任しかないのであるが…。この間、現役・元管理者らから、主に削除権限行使の問題について会話ページに複数の苦情が舞い込んでおり、山田が即時削除した記事を他の管理者が復帰するケースも未だあった。
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しかし、根本的に信頼が回復されたわけではなかった。2016年に入り、4月と5月に立て続けにコメント依頼が提出された。その後の{{w|Wikipedia:管理者解任の投票/山田晴通 20160529|解任動議}}では、賛成23・反対24(賛成率48.9%)という、僅差で信任が決まった。山田は以前、解任動議で過半数に達さなくとも、まとまった解任賛成票があれば管理者を辞任するのは「当然」[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%99%B4%E9%80%9A/%E9%81%8E%E5%8E%BB%E3%83%AD%E3%82%B004#.E5.8D.B3.E6.99.82.E5.89.8A.E9.99.A4.E3.81.95.E3.82.8C.E3.81.9F.E8.A8.98.E4.BA.8B.E3.82.92.E5.BE.A9.E5.B8.B0.E3.81.97.E3.81.BE.E3.81.97.E3.81.9F との意向を示していたが]、この時管理者を辞任することはなかった。理論上では仮に25対25の同数でも留任となるわけであるが、山田はこの激レアケース<ref>2018年1月までに49回(試行期間除く)の解任投票が実施されているが、賛否同数だったのは{{W|Wikipedia:管理者解任の投票/Bakkai 20100507}}の一例しかない。</ref>のみを想定していたのだろうか、辞任するんじゃなかったのか、との[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%99%B4%E9%80%9A/%E9%81%8E%E5%8E%BB%E3%83%AD%E3%82%B007#.E3.80.8C.E4.B8.80.E5.AE.9A.E6.95.B0.E3.81.AE.E3.81.BE.E3.81.A8.E3.81.BE.E3.81.A3.E3.81.9F.E8.A7.A3.E4.BB.BB.E7.A5.A8.E3.80.8D.E3.81.AB.E3.81.A4.E3.81.84.E3.81.A6.E3.81.AE.E3.81.8A.E4.BC.BA.E3.81.84 問いかけ]にも、「先例を超える水準の解任票、先例を下回る票差」云々とはぐらかすだけであった。1票差、信任率49%での自発的辞任がなければ、この先はほぼ、50%を超過しての強制退任しかないのであるが…。この間、現役・元管理者らから、主に削除権限行使の問題について会話ページに複数の苦情が舞い込んでおり、山田が即時削除した記事を他の管理者が復帰するケースも未だあった。
  
 
9月末、[https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E3%82%B3%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%99%B4%E9%80%9A_20160929 Wikipedia:コメント依頼/山田晴通 20160929]においては、山田は削除に関わるべきではない、他の利用者がどう思うかを考えろ、などと言った苦言が呈された。また、「クリメント北原史門」と言う記事では、過去に削除されたものを山田が独断で復帰したが、これに対して[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E5%8C%97%E5%8E%9F%E5%8F%B2%E9%96%80 強い反発の声が上がると]、本件で3RRルールに抵触する編集を強行し(要は編集合戦)、10月2日には現役管理者が[https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%89%B9%E5%88%A5%3A%E3%83%AD%E3%82%B0&type=block&user=&page=%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%99%B4%E9%80%9A&year=&month=-1&tagfilter=&hide_thanks_log=1&hide_patrol_log=1&hide_tag_log=1 投稿ブロック]の対象になると言う、比較的レアなケースが発生した<ref>困った事にjawpにおいては、レアではあるものの史上初でもなんでもない。</ref>。なおこの記事は当然[https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E5%8C%97%E5%8E%9F%E5%8F%B2%E9%96%80_20161004 削除されている]。
 
9月末、[https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E3%82%B3%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%99%B4%E9%80%9A_20160929 Wikipedia:コメント依頼/山田晴通 20160929]においては、山田は削除に関わるべきではない、他の利用者がどう思うかを考えろ、などと言った苦言が呈された。また、「クリメント北原史門」と言う記事では、過去に削除されたものを山田が独断で復帰したが、これに対して[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E5%8C%97%E5%8E%9F%E5%8F%B2%E9%96%80 強い反発の声が上がると]、本件で3RRルールに抵触する編集を強行し(要は編集合戦)、10月2日には現役管理者が[https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%89%B9%E5%88%A5%3A%E3%83%AD%E3%82%B0&type=block&user=&page=%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%99%B4%E9%80%9A&year=&month=-1&tagfilter=&hide_thanks_log=1&hide_patrol_log=1&hide_tag_log=1 投稿ブロック]の対象になると言う、比較的レアなケースが発生した<ref>困った事にjawpにおいては、レアではあるものの史上初でもなんでもない。</ref>。なおこの記事は当然[https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E5%8C%97%E5%8E%9F%E5%8F%B2%E9%96%80_20161004 削除されている]。

2018年11月25日 (日) 00:19時点における最新版

山田晴通やまだはるみち
WCJ2010でスピーチする山田先生
WCJ2010でスピーチする山田先生
本名 山田晴通
愛称・別称 山田先生、尊師
性別 男性
生年月日 1958年10月(60–61歳)[1]
出身 日本 日本福岡県福岡市[2]
在住 日本 日本長野県安曇野市(住民票の住所、休日の居住地)[2]
日本 日本東京都(講義がある時の居住地)[2]
Twitter @YamadaHarumichi
活動期間 2009年3月5日 - 活動中
主な活動分野 音楽、学者記事、翻訳
受賞歴
月間感謝賞(2011年3月)
権限歴
管理者
2011年12月24日 - 2016年11月4日
ブロック歴
  • 1日(、Three-revert rule違反)
  • 1週間(、各種方針の熟読期間: Wikipedia:即時削除の方針に沿わない依頼の繰り返し)

山田晴通(やまだはるみち)は、ウィキペディア日本語版の元管理者。利用者名は本名であり、現実世界では東京経済大学の教員を務めている。軽快が作成した「jawp新着記事執筆者ランキング[3]」によると、2018年3月26日時点で新着記事への掲載本数は140本(jawp第13位)。

概要[編集]

東京経済大学の教授をしているためか、よく先生や尊師(容姿は絶対に関係ないよ!)といった敬称がつけられる。jawpに本人の記事が作られていることが明らかであり、かつ実名で活動していると言う希有な存在(他に明らかとなっている学識経験者は柴崎力栄と“さえぼー”こと北村紗衣くらいしかいない。他に少なくとも一名、隠しているつもりらしい[4]がバレバレの人もいる)。非常に高い執筆能力を買われ、大きな期待を背負って2011年に管理者となった。しかし、記事の削除の解釈がズレていたようで、良いとは言えない対話姿勢や、管理者であるにも関わらず編集合戦でブロックされた問題も相まって2016年に解任された。管理者の解任は2012年11月のVigorous action以来、4年ぶりの出来事だった。東大卒の現役教授を高卒ばかりの自警が解任したという事実は、jawpではプロレタリア革命が可能である事の証左である[要出典]。個性派教授としても知られているので、興味のある方は個人的に調べてみてはどうだろうか。本人もその辺りはオープンにしており、ホームページで大学での話題を公開している。

経歴[編集]

アカウント作成[編集]

2009年3月6日にアカウントを作成。最初の編集はノートページへの意見であった。3月27日、利用者ページを作成。4月14日には、自身初の新規記事ヴィマンメク宮殿を作成した。6月30日には、会話ページにウェルカムメッセージ以外で初のメッセージが投稿された。

管理者就任[編集]

2011年3月、月間感謝賞を受賞した。6月にはアイザールに管理者への立候補を勧められた。このときは辞退したが、11月に海獺からも勧誘されると、12月10日に立候補。17日に投票が始まり、賛成36票、反対1票という圧倒的な結果で信任された。山田のような一流執筆者が管理者となることは好ましいことであると、この時はコミュニティに歓迎されていた。

管理者としての活躍[編集]

管理者就任後、山田は即時削除を中心に管理者権限の行使を行った。しかし、2012年7月に自身に対するコメント依頼を提出すると、多くの批判の声が集まった。これを受け、11月に自ら解任動議を提出したが、この時はまだ期待が残っていたこともあり、1対34の大差で信任された。だが、2013年になっても間違いや独自の解釈が多く、会話ページの節数は2013年上半期だけで48を数えた(管理者・元管理者からの苦情を含む)。2013年の4月と6月にもコメント依頼が提出されたが、7月の解任動議では4対34で信任となった。12月の解任動議でも、2対18で信任された。

小谷野敦事件[編集]

アカウントAkoyanoを使って活動していた同じ東大卒の小谷野敦に粘着される。小谷野敦は「ウィキペディアというのは、日本における代表者、またその住所なども分からない団体で、私はそういう無責任団体のルールなど守るつもりはないのだ」と宣言し、著作権侵害や暴言などのルール違反を重ねて無期限ブロックされるが、その後山田の職場へ小谷野より書留で質問状が送り付けられた[5]

山田はWikipedia内での返答を望んだが、jawpにおいてAkoyanoのアカウントは会話ページの編集も禁止されていたため、V悪助言によりmetaの会話ページで議論を展開。しかし、Wikipediaのコミュニティ自体を軽視するLTAと、管理者の見解が一致に至るはずもなく、別にもう言うべきことはないのですがと記した書き込みで小谷野からの応答は終わり、その後直接の接触はないようである。

子役記事削除事件[編集]

2012年2月子役の母親によって立てられた記事を山田が即時削除したことから、騒動が勃発した。軽い気持ちで自分の愛娘の記事を書いた途端に即時削除され、グーグルで検索すると「削除しました WP:CSD#全般4 露骨な宣伝・広告のみが目的」などと表示されることになってしまった両親の気持ちもわからないではないが、その結果、父親から職場に何度も電話を掛けられただけでなく、学長・理事長に内容証明郵便を送ると言われ、母親からもしつこく電話とファックスを寄越される羽目になった山田先生も相当に気の毒である。この父親はアカウントを作ったようであるが、その後の活動は確認されていない。はっきり言って山田への業務妨害である上、Wikipediaにも多大な迷惑を掛けたので、父親のアカウントが目的外利用として無期限ブロックされればスカッとしただろうが、突如フェードアウトしてしまった。山田が現実世界で何らかの対処を行った可能性もあるが、それについては明らかではない。

立ち込める暗雲[編集]

Wikipedia 10大ニュース 2016年#山田晴通管理者解任 (11/4)」も参照

2014年11月末に提出された解任動議は、18対22の結果となり、管理者の役職には踏み止まったが、コミュニティの4割以上は不信任を表明していた。2015年の動議では、信任率は8割まで回復した。

しかし、根本的に信頼が回復されたわけではなかった。2016年に入り、4月と5月に立て続けにコメント依頼が提出された。その後の解任動議では、賛成23・反対24(賛成率48.9%)という、僅差で信任が決まった。山田は以前、解任動議で過半数に達さなくとも、まとまった解任賛成票があれば管理者を辞任するのは「当然」との意向を示していたが、この時管理者を辞任することはなかった。理論上では仮に25対25の同数でも留任となるわけであるが、山田はこの激レアケース[6]のみを想定していたのだろうか、辞任するんじゃなかったのか、との問いかけにも、「先例を超える水準の解任票、先例を下回る票差」云々とはぐらかすだけであった。1票差、信任率49%での自発的辞任がなければ、この先はほぼ、50%を超過しての強制退任しかないのであるが…。この間、現役・元管理者らから、主に削除権限行使の問題について会話ページに複数の苦情が舞い込んでおり、山田が即時削除した記事を他の管理者が復帰するケースも未だあった。

9月末、Wikipedia:コメント依頼/山田晴通 20160929においては、山田は削除に関わるべきではない、他の利用者がどう思うかを考えろ、などと言った苦言が呈された。また、「クリメント北原史門」と言う記事では、過去に削除されたものを山田が独断で復帰したが、これに対して強い反発の声が上がると、本件で3RRルールに抵触する編集を強行し(要は編集合戦)、10月2日には現役管理者が投稿ブロックの対象になると言う、比較的レアなケースが発生した[7]。なおこの記事は当然削除されている

それらの件から約2週間を経て行われた「Wikipedia:管理者解任の投票/山田晴通 20161019」においての信任投票の結果、留任4、解任19、信任率は17.4%となり、最早コミュニティの信を失った山田は、管理者を解任されるに至った。管理者に就任した直後から、特に削除周りにおいてその適性を疑問視されていた山田であったが、解任まで実に5年もの年月を要してしまった事は、jawpの管理者がいかに「辞めさせにくい」かを表すに適した事例と言えるであろう。山田にとってはjawpにおいての方針の標準的な解釈・運用を理解することや、それに従うことは難しかったのか、あるいはプライドが許さなかったのだろうか。多くの新人管理者・削除者は問題なく合わせているのだが…。これについては山田本人が敢えて大勢に逆らい続けた理由を明確に説明していないため(ほぼ、文句があるなら解任すればいいだろう、で通している)、想像するよりない。

解任投票の対象となった数は随一であり、2017年5月31日時点の解任投票記録では7回で堂々の一位、かつ直近に行われた解任投票の9回中7回が山田を対象としたものであり、これは抜群の存在感を放っていると言えるであろう[8]

解任された後は特に悪びれるでもなく、従来通り活発に執筆活動を続けている。前述の通り執筆力は高く、これなら山田もjawpコミュニティも、余計な事に時間を割かずに有意義な活動が行えることであろう。

なお、山田の立場が大学教授であることから、山田が生徒をミートパペットとして多数動員していると言う噂があるが、これについては全く証拠が無いものであるので、ただちに信じないことである。

僅差で留任となった前回の解任動議[編集]

6時間毎集計日時 (JST) 賛成者 反対者 総得票数 賛成率
2016年6月1日 (水) 15:00 アルトクール、Claw of Slime、MaximusM4 賛成3 反対0 100%
2016年6月1日 (水) 21:00 Senatsuki、霧木諒二、むじんくん、W.CC Aoioui、Damena 賛成7 反対2 77.7%
2016年6月2日 (木) 03:00 WDS487、Don-hide Alice OPP、高橋さん 賛成9 反対4 69.2%
2016年6月2日 (木) 09:00 Lanwi1 賛成10 反対4 71.4%
2016年6月2日 (木) 15:00 Bletilla 賛成10 反対5 66.6%
2016年6月2日 (木) 21:00 投票なし
2016年6月3日 (金) 03:00 Eien20 光舟、Opqr、多摩に暇人、Waiesu 賛成11 反対9 55.0%
2016年6月3日 (金) 09:00 投票なし
2016年6月3日 (金) 15:00 HOLIC 629W 賛成11 反対10 52.3%
2016年6月3日 (金) 21:00 Uaauaa Siwamura 賛成12 反対11 52.1%
2016年6月4日 (土) 03:00 Hisagi 賛成13 反対11 54.1%
2016年6月4日 (土) 09:00 投票なし
2016年6月4日 (土) 15:00
2016年6月4日 (土) 21:00
2016年6月5日 (日) 03:00
2016年6月5日 (日) 09:00
2016年6月5日 (日) 15:00 Aki42006 賛成14 反対11 56.0%
2016年6月5日 (日) 21:00 ExpressGifu 市井の人 賛成15 反対12 55.5%
2016年6月6日 (月) 03:00 掬茶、赤羽さん 賛成15 反対14 51.7%
2016年6月6日 (月) 09:00 投票なし
2016年6月6日 (月) 15:00
2016年6月6日 (月) 21:00 Geogie 賛成15 反対15 50.0%
2016年6月7日 (火) 03:00 Loasa 賛成15 反対16 48.3%
2016年6月7日 (火) 09:00 G-Sounds 賛成15 反対17 46.8%
2016年6月7日 (火) 15:00 投票なし
2016年6月7日 (火) 21:00 Ohgi Mee-san 賛成16 反対18 47.0%
2016年6月8日 (水) 03:00 Yapparina 賛成16 反対19 45.7%
2016年6月8日 (水) 09:00 Vigorous actionBellcricketJungleCrow、Haetenai、だぶるすてっち、Puntti ja、Pastern アイザール、Yassie、Kkairri、Chiba ryo、Triglav 賛成23 反対24 48.9%

注釈・出典[編集]

  1. ^ 利用者:山田晴通oldid=66679610
  2. ^ a b c 山田晴通. “山田への「よくある質問」(FAQ) Q:出身地はどこですか?”. 2015年12月22日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年3月23日閲覧.
  3. ^ Ranking list of user creating new article - Quarry
  4. ^ いやあれ多分隠す気ねえだろ。
  5. ^ 小谷野のブログに全文が掲載されている[1]
  6. ^ 2018年1月までに49回(試行期間除く)の解任投票が実施されているが、賛否同数だったのはWikipedia:管理者解任の投票/Bakkai 20100507の一例しかない。
  7. ^ 困った事にjawpにおいては、レアではあるものの史上初でもなんでもない。
  8. ^ Wikipedia:管理者の辞任 2017年5月31日 (水) 23:57 (UTC) 版 もっとも、その内の6回は「解任されなかった」わけでもある。

外部リンク[編集]